こんにちは。院長の渕脇です。

健康を支える3本柱のうち、今日は栄養のお話です。
というか、ここの所、ずっと栄養の話ですね。
今日の話題は、私の父が亡くなる直前の話です。

肺炎で入院していた父は、
口から食べ物をとることが出来なくなり、
点滴で何日も過ごしていました。

一向に熱が下がらずに、回復に向かう兆しが見えない。

その時、主治医から、
「胃に穴をあけて、そこからペースト状にした普通の食事を入れたい。」

という提案がありました。

これは、胃ろうという方法で、
口から食べ物を摂取できなくなった時に行う方法です。
http://www.peg.or.jp/index.html

胃ろうについての賛否は、とりあえずここでは置いておいて、
栄養の話を続けますね。

その時、主治医が私に話した内容は、

「点滴だけでは、どうしても体力が回復しません。
この点滴は、科学の粋を集めて作られています。
それでも、太陽の恵みにはかなわないんです。
太陽の恵みを、摂取することで、体力が回復し、
病気に勝てる可能性が出てくると信じています。」

そうなんです、科学の粋を集めても、
太陽の恵みには、到底かなわないのです。

医療現場の内科医の率直な感想です。

「科学の粋を集めた。」
というと、なにか、ものすごいもののように思ってしまうのですが、
はたしでどうなのでしょうか?

生理学は科学的はまだまだ解明されていないことが多い。

と、前回の記事で書きました。

その前提で、「科学の粋を集めた」ってのは、どういうことなのでしょうか?

私は、

「現在の科学で証明できているもの(解っているもの)だけを集めた。」

ということだと解釈しています。

まだまだ分からないことがたくさんあるんだけど、
わからないから集めてくることが出来ないわけですよ。

ところが、「太陽の恵み」には、とりあえず全部入っている。
解っているものも解っていないものも、全部。

「解っているものだけを集めた。」
「解っていないものも入っている。」

この違いが、「太陽の恵みにはかなわない」と医師に思わせる所なのではないかと。
それなのに、最近では、点滴バーなるものが登場し、
手軽に点滴を受けて、リフレッシュを図る人たちもいるようですね。

「点滴バー」たとえば、こんなところです。
http://www.tenteki.jp/index.html

でも、それは、とんだ誤解だと言うことです。

科学は、まだ、自然には追いついていないのです。
それなのに、科学をあまりにも信用しすぎていないですか?

不規則でハードな生活を送っていて、
それを補うために、点滴を打つ。

そんな事をする意味はありませんよ。

しっかりと、3本の柱を立てて、自分の健康を支えてください。
結局、父は胃ろうを造る手術を受けましたが、
その手術の傷を治す治癒力すらなく、
胃ろうを使用することなく、息を引き取りました。

手術を受けるストレスや、痛みを考えたら、
よけない事をしないほうが、よかったのかもしれないと、
今では思っています。

口からものを食べられなくなったときがその人の寿命なんだと、
新潟大学の免疫学者、安保徹先生は著書に書いています。

全くそのとおりなのかもしれないと、
父の最期を思い返して、そう思います。

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